2023年11月14日

私的映画小説「青春群像」

十九歳の頃だった。高校時代の3年間、全然勉強しなかった私は
当然どこの大学にも受からず、福岡にある親不孝通りと呼ばれる通りの
先にある予備校に通っていた。
 その女の子とは通ってた予備校の近くにあった喫茶店で知り合った。
店の名前は「勝手にしやがれ」というゴダールの映画から取ったものだった。
 先に話しかけてきたのは彼女の方だった。
「こんにちは」
「あなた、同じ予備校のクラスの人でしょう。いつも来るの?ここには。」
彼女はハーフみたいで、ラファエロの絵画にある天使のようなきれいな
顔の持ち主で、同じクラスにこんな子がいたなんて知らなかった。
「たまにね。近くにある500円で3本観れる映画館に行った帰りはここに来る。」
それから、私たちはヌーベルバーグの作品やポーランド映画、ATG映画、あと
アンディ・ウォーホールやルーリードやジムモリソン、チャーリーパーカー、コルトレーン
の話しをした。 
 それからこの店で何回か会っているうちに、彼女の部屋に行ったことがあった。
彼女は九州の西の端の基地の街から来ていて、一人暮らしをしていた。
彼女の部屋に入り、レコード棚をのぞくと、ジャズのレコードがたくさんあった。
「ロックはあまり聴かないけど、ドアーズとジャニスとピンク・フロイドは聴くの。」
「でもジャズが大好き。チャーリーパーカーが一番好き。」
「みんな天使になってしまうの。ジャニスもジム・モリソンもシド・バレットも。
そしてチャーリーパーカーもね。」
みんな若くして逝ってしまったミュージシャン達である。
私たちは、彼女が入れてくれたコーヒーを飲み、タバコを吸いながら、そして
どこからか手に入れた知らないけど、タバコじゃないものも吸いながら、レコードを
ずっと聴いていた。

すべてが息苦しく、不安な毎日。今の生活の先にある受験も、もっと先の人生にも、
すべてに手掛りがなく、不安な自分がそこにいた。

その後、何十年かぶりに彼女と偶然会った事がある。彼女はホテルのバーで働いていた。
私が「学校で働いている」と言ったら、彼女は大笑いして、
「あんたが学校で働いているの?まさか先生じゃないでしょうね。」
「先生じゃない」と言うと、
「安心した。歌う事より、歌い続けることがずっと大変で大切な事のように、
生き続けて何かを持続することが大切な事よ。」と彼女は言った。
そして、いつも私の気分を落ち着かせてくれた、あのラファエロの描く天使のような彼女の目は
あの頃と何も変わっていなかった

彼女も私も天使にはなっていなかった。


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Posted by Hirao club at 01:47│Comments(0)小説
 
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