2024年03月25日

映画小説「ロング・グッドバイ」

 80年代の始め、私は大学生になっていた。
浪人していたが、その時もろくに勉強せず、なんとか福岡の西新にある
大学にもぐりこんでいた。
その大学もほとんど行かなくて、用事のない日々を過ごしていた。
その頃、マーヤと呼ばれている女の子と友達になっていた。
マーヤ、本名は誰も知らなかった。
彼女がどこに住んでいるか、どこに帰るかも誰もつきとめた奴はいないし、
親しい友達ほど、そういうことをする奴を彼女が軽蔑してることよく知っていた。
 その日は、バイトで少しお金が入ったから、天神の「ジュークレコード」でレコードを
捜していた。背後から肩を叩かれて、振り返ると彼女だった。
「こんにちは、何捜してるの。」
「やぁ、捜しているのはね、ブルースマンのハウリンウルフがクラプトンとセッションしてるやつ。」
「へえ~、そんなんあるの。」
「マーヤは。」
「わたしはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのライブ。」
私たちは、お目当ての「ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ」と
「1969~ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・ライヴ」を見つけ、それぞれ買った。
「ショッピングにつきあってよ。どうせひまなんでしょ。」
「予定はあるけど、キャンセルするよ。」私は嘘をついた。予定なんか何もなかった。
「薬院のパン屋さん、ダム・ド・フランスに行きたいの。車はある?」
「ない、歩くのは嫌い?」
「好きよ。だって風景をゆっくり見れるでしょ。それに3月の暖かい風を肌で感じられるから。」
私たちは電車で薬院まで行き、駅から歩いた。
そこの店には、たくさんの種類の「フランスパン」が並んでいた。
「フランスでは、焼きたてのパンがパチパチ言っているのを、パンの歌って言うらしいよ。」
「あんた、面白い人ね。」
「そうだ、近くに16区っていうケーキ屋さんがあるから、そこにも行っていい」
「いいよ、あそこのダックワーズ、美味しいよね。おごるよ。」
「ありがとう。」彼女は飛び上がって喜んだ。
九電記念体育館がある通りを歩くと、「ここでもライブ、よく行ったんだよ。」と
彼女が呟くと、「僕も行ったよ。ここでのサディスティック・ミカ・バンドは最高だったな。」
「高橋幸宏が、セーターーを首に巻いて、ドラム叩いてた。」
「あのバンド好き。センス抜群だから。」
通りを吹き抜ける風に、春の花粉の甘い香りが混じっていた。
「もっと歩こう。この街を瞳の中にしまっておきたいの。」
私たちは、けやき通りのところにある「モダンタイムス」まで歩き、そこで食事をした。
「私ね、この3月で大学を卒業したら、福岡離れるの。」
「私、神戸の出身なの。親の転勤で高校の時福岡に来て、大学もこっちで。」
「親は、とっくに神戸に帰ったけど。卒業したら帰ることになってんの。」
「関西の人なのに、なまりがないね。」
「うん。必死に消したのよ。いつでも、どこでも自由な旅人でいたかったから。」
「土地とか、人に縛られることなく生きていたいから。」
自由という言葉を彼女ほど自然に着こなす女性はいないと思った。
そして、これからもずっと自由に生きていくんだろうと。
彼女は寂しい目で、
「私、蜜蜂なの。蜜のかわりに想い出を集めて巣に飛んで行くのよ。」と言った。
「刺された男も一杯いるしね。」私は微笑んだ。
「なんでやねん、アホか。」と彼女は言って、綺麗に伸ばした爪で、
私の手の甲を突いた。
 それから私は大学を卒業して何回も関西に行き、神戸には知り合いも出来て
何回も行っているが、彼女とは一度も会っていない。







同じカテゴリー(小説)の記事
 映画小説「青春群像」 (2023-11-14 01:47)

Posted by Hirao club at 01:31│Comments(0)小説
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。